お侍様 小劇場 extra

    “雨あめ、いやいや” 〜寵猫抄より
 


沖縄や南西諸島で明けたらしいとの発表があったものの、
その直後辺りからの長雨は、
日本で観られるのは46年振りという“皆既日食”を
不安と悲喜劇で掻き回したのみならず。
それまでの雨との複合、
各地でしゃれにならない事態を招いているほどで。
なかなか降らぬと水不足を憂いていた地方が黙り込んだほど、
あちこち満遍なくを目指すかのよに、
今年はなかなか明けないまんまの長っ尻な梅雨には。
こちら様でも、うぬぬぅと眉をひそめておいでの存在が約1名。


  ……あ・いや、約1匹?




最も色みの濃い焦げ茶の峰から左右へほぼ対称に、
キャラメル色の毛並みが、
縞というかグラディエーションというのか、
段々な模様になっての腹や胸元の白へと降りてく配色が、
知人の皆様に言わせると何とも絶妙で面白く。
そんな小さな背中の持ち主は、
振り向くともっと凄い、もっととんでもない威力の“愛らしさ”にて、
見つめていた存在の胸を射貫いてしまうのだけれど。

 「…。」

今現在の彼は、余程のこと窓の向こうに関心が向いているものか。
その、窓辺へちょこりと座り込んだ、
可憐で小さな後ろ姿ばかりを家人へ向けたまま、
もう何刻になろうかという間合いを、微動だにせず固まっておいで。

 「それを微動だにしていないと断言出来るほど、
  じっとずっと見つめておったのか。」
 「あ、いえ。ちゃんと資料整理もしておりましたよう。」

同じリビングに居合わせた、というか、
最初はお膝に抱えて、
うたた寝する様、目許和ませ見下ろしていた七郎次だったらしく。
それが、ふと、

 『……?』

ふるふるっと、その金の綿毛を震わしての目を覚ますと、
にぃあと眠たそうに鳴いてから、
辺りを見回したお猫様。
お眸々がまだ開き切らないお顔を、
うにむにと小さな手の甲でこすり。
お次はお手々を下へ突いての、
小さなお背
(せな)をう〜んっと、
一丁前にも伸ばして見せていたものが。
そんなのの途中、ふと、窓の方をじっと見やると、
よいちょとお膝から降り立って。
そのままとてとて、
自分ではまだ上手に止まれないよな覚束ぬ足取りで駆けてっての、
窓へとど〜んと手をついて止まっての座り込んで……、
あの状態が延々と続いているのだそうで。

 「気になるものでもおるのかの?」

例えばかたつ…と何かしら言いかかった御主の口許、
きれいな白い手がていっと横から素早く塞いで、

 「そういう様子でもないんですよね。」

  何故判る?
  だって視線が心持ち上向いてるでしょう?

 「私たちには見えない何か、
  あの子にだけは見えてるんじゃないでしょか。」

置物みたいにずっとずっと、
同じ姿勢のままでいたらしい仔猫様。
他の人が見たれば、
わんこの“お座り”をもちょっと品よくしたよな、
ちょこりと前足そろえたカッコなのだろと思わす、
小さいなりにすんなりした背中であろうけど。
こちら様がたには、
小さくて丸々した幼子の背中にしか見えぬ、
いたいけない愛し子の、なのにつれない後ろ姿。
いつまでそのままでいるのかなぁと、
家人の大人二人がお預けを食っているかのように、
黙ってのいい子で見守っておれば、

  ―― ふるるっと

小さな綿毛頭が大きく震えて、それからあのね?

  …… くちんっ☆

その頭が前へとうつむいたのとほぼ同時、
小さな小さなくさめの声が聞こえたので。
あららと今度は自分の口許へ、白い手が退いたの見計らい、

 「久蔵、こっちへ来い。」

その精悍な口許をほころばせ、
苦笑しながらの勘兵衛が、窓辺へ声を掛けたれば。

 「?」

その気配が判らぬほどに集中していたらしかったものの、
姿を見れば、いやさ、お声を聞けば他愛ないもので。

 「にぃあんvv」

何だなんだ、いつの間に来たの?と言わんばかり。
ありゃ大好きな勘兵衛がいるよと、
気がついてのにこぉと微笑うと、
床に手をついてのよいちょと立っちして。

 「あ〜あ、呼んでしまわれて。」
 「何を言うか。こそり見とれているにも限度があろう。」

  何が楽しゅうて、せっかく二人でおったのに独りと独りでおったやら。
  そうは言いますが、久蔵には久蔵の大事があるのやもしれませぬ。

緻密にして蠱惑な文章をお書きの勘兵衛様。
とはいえ、その感性が端から端まで繊細かというと、
実際は……そうでもないらしく。
もうもう、気の利かぬお人なのだからと、
七郎次が白い頬を膨らませてしまったのは。
そうまで気を遣った自分よりも、
大雑把な勘兵衛の方が、恐らくは好きな久蔵なんだろなという、
かすかな嫉妬も多少はあったのかも知れぬ。
そして、

 「にぃあんvv」

坊やがたかたか駆け寄ったのは、
やっぱり勘兵衛のお膝の方だったけど。
そんな坊やの無邪気な様、
優しい所作にて小首を傾げ、
青いお眸々で自分を見やる七郎次お兄さんの方へも、
小さなお顔をすかさず向けて。
それと一緒に小さなお手々もえいえいと伸ばして。

 「?? どうした?」
 「みぁんvv」

その手を下から受け止めたお兄さんへ、
にぃあんとの甘えた長鳴きをして見せて、
やわやわの頬っぺ、お手々へ擦りつけたりするものだから。

 「〜〜〜〜〜〜。//////////」

うあああ〜〜〜っ/////// と、
久々に超特級の“惚れてまうやろぉ”を、
頬に口許に滲ませた恋女房から、
無言のまんま、
背中を肩をバシバシと叩かれてしまった勘兵衛が、

 “そ、そうか。
  この含羞み、こうまで威力を増していたのか。”

それをあらためて知ったことになったのもまた、
今年の長梅雨の後遺症というものか。


  あのね、あのね、早くやめやめって唱えていたの。
  晴れたらヒョゴ兄がね、遊びに来てくれるから。
  そいと、あっちぃのキュウ兄ちゃも、
  野原で遊ぼって、お向かいに来てくりるから。
  だからね、あのね?
  雨嫌い、あち行ってって、
  お祈りしてたのよと。
  みゃあみゃとお話ししてくれる小さな和子へ、
  そうかそうか、よーしよし。
  早く雨あめ止んだらいいねと、
  当たらずとも遠からじ、
  さすがは家族なツーカーで、
  小さな王子の憤懣を、宥めて差し上げたりするのである。




  〜どさくさ・どっとはらい〜  09.07.24.


  *なかなか大きい久蔵さんを出す機会がありません。
   お盆になったら何か起きますでしょうか。
   それはそれで、
   ホラーが苦手な筆者には無理な相談なんですが。
(う〜んう〜ん)

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